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歯科はやはり医科とは違う特殊な分野
最近、栄養療法関係で人前でお話しをする機会が増えてきました。一般向けの読み物もたくさん執筆してきました。
私は確かに仕事で栄養療法を取り入れてはいます。しかし私よりも以前から勉強してきた人はたくさんいますし、歯科の先生でも私なんかよりもはるかに知識をお持ちの方はたくさんおられるはずです。
何で私に依頼が来るのかと考えたのですが、おそらく実績があって症例を持ってて、医科の先生と一緒になって勉強会に参加したり、このブログやTwitterに発信をしているからだと思います。
では私以外の方はどうしてるのでしょう?いろいろお話を聞くと、どうも一般的な歯科臨床に栄養療法を落とし込むことができず、応用してるのは自分と家族・スタッフ止まり、患者さんへの応用はなかなかできてないというのが理由のようです。
厳しい言い方をすれば、これは趣味の世界。せっかく高いお金を払い、時間もかけて学んだ素晴らしい知識なのに、患者さんに活かすことができないとは、何ともったいない事でしょう。
しかしこれはある意味仕方がない事。なぜなら歯科は医科と比べたらやはり特殊な分野で、仕事上栄養が直接関与する部分は確かに少ないのです。
歯科の仕事の9割はモノづくり?
本来歯科は、医科の一分野のはずです。これに異論を挟む人はいないでしょう。しかしなぜ両者は分かれているのでしょう?
それは歯科は「歯」という、生体の中では最もモノとしての性格が強い部分を高頻度に扱うため教育が医科から分離独立、行政もそれに追従したからです。
歯の一番外側はダイヤモンドよりも硬いエナメル質、その中は少し柔らかい象牙質(ぞうげしつ)という構造をしています。ここには細胞はありませんので、一度ムシ歯で損傷すると、元には戻りません。
したがって損傷部(≒感染部)をきれいに削除し、無くなった部分を人工物で復元します。これを修復とか補綴(ほてつ)と言い、歯科の仕事の大きな部分を締めます。この工程で栄養が関与するのは、麻酔くらいです。
歯の中には歯髄という神経血管が入っていますので、一応は栄養が関与します。しかしそこは血流に乏しく、いくら栄養を入れてもムシ歯で障害された歯髄が良くなることはありません。
そこでムシ歯が大きくなり歯髄が感染したら、それを全部摘出する必要があります。これを抜髄(ばつずい)と言うのですが、最終的に除去した神経の空間をビッチリ詰める必要があります。
これらは歯内療法とか根管治療といい、非常にテクニカルな作業で、栄養が関与する部分は現実的にはないと言って良いでしょう。
その他、入れ歯づくりやインプラント、これもテクニック依存でモノづくりの性格がとても強い。歯周病治療は歯肉や骨といった細胞を相手にするので一見栄養が関与するように思えますが、それよりも歯石やプラークを除去したり、歯肉や骨の整形手術といったテクニカルな部分に偏重した日常が中心となります。
以上を言い換えると、歯科はモノづくりをはじめとした「形を変える」医療が9割であり、薬や生活習慣指導により代謝(生体の化学反応)や細胞の働きに注目するシーンはほどんどない、いや、あるにはあるのだが、別に気にしなくてもやって行ける、そんな感じなのです。
そうは言わなくても健康保険がそのようにできているので、一般的な歯科治療に栄養療法を組み込むのは、ちょっと無理があろうというものなのです。
栄養療法の導入を諦めている人が多いのは、こんな背景があるからだど思われます。
以前ならそう多くは出会わなかった病気
しかし最近は、そうも言ってられない状況になっていると思うのです。なぜかといえば、いろんな病気をお持ちの患者さんが増えているからです。
昔から多いのが糖尿病で、これは歯周病やインプラント治療において、大きなリスクになります。ですから歯科医院ではそのチェックを怠ることはありません。そして歯周病を治すことで、糖尿病の治療をやりやすくなる事もよく知られるようになりました。
それから高血圧。これは特に麻酔をする時に重要になります。
しかしこれらに加え、がん・アレルギー・うつ・アルツハイマー・骨粗鬆症・発達障害・ADHD・PMS・IBSなど、以前ならそう多くは出会わなかった病気を持った患者さんが、割と普通に歯科治療にやってくる時代なのです。
もちろんそれらの病気を治すために来るわけではないのですが、その病気や服用している薬の知識がないと、簡単な歯科治療でもハイリスクになります。歯を治すというより、その人を治すという視点にスイッチした場合、代謝や栄養状態の把握はとても重要になってきます。
歯科医院を訪れる「健康なつもり」な患者さん
さてそれでも、自分の病気をある程度自覚できている人の治療はまだやりやすいものです。問題なのは、自分が何というう病気でどういう薬を飲んでいるのか、これがまったくわからない無関心な患者さんがあまりにも多いこと。
そしてもう一つ、一般的な診断基準では見落とされている病態が、栄養療法的な診断で問題が発見されることが普通にあるという事です。本人は「健康なつもり」と思っていても、私が診ると非常に大きな問題を抱えた患者さんがあまりに多いという事です。
自覚症状がある人の検査値は悪い
ここで説明しやすくするために、図を用意しました。縦軸に検査値の良悪を、横軸に自覚症状の有無をとってみました。
一般的に何か調子が悪いと、採血をして異常がないかどうかを調べます。この時、上の図の③の人、すなわち自覚症状がある人の検査値は悪い、というのが解りやすい理屈です。
逆にいえば、自覚症状もなく元気な人の検査値は良い、上の図①と言うわけです。
自覚症状がない人の検査値は良い
そして、③の人を薬や生活習慣指導で①にするのが、標準医療の得意分野であり、健康保険はそれを踏襲していると言って良いと思います。
対症療法になる事も
また検査値を良くすることはできないが、頭痛とか咳などの症状だけを取り去る、これを「対症療法」と言うのですが、これも西洋医学の得意分野です。鎮痛剤・胃酸抑制剤・咳止め・下痢止めなどがこれに当たります。
とりあえず苦痛だけ止めて生活が楽になるようにし、本当の原因はそのうち体が治してくれるだろうと期待するわけです。ですから原因が解決したわけではありません。
本来なら原因を解決する「原因療法」を行わなくてはなりませんが、だいたいそれには時間がかかるために、対症療法は初期において重要です。
しかし対症療法が効くと患者さんは早々に「治った!」と勘違い、いや先生も治ったと勘違いしやすいわけです。根本的には原因にアプローチしなくてはならないのは誰が考えても当たり前なのですが、なかなかそこまでできずに薬が処方され続ける、これがが問題になっています。
なお東洋医学が得意とする対症療法もありますが、ここでは割愛します。
自覚症状はあるが検査値に問題がない?
問題なのは以上の理屈に当てはまらない②のケース。自覚症状があるのに、検査をしても異常が見つからない場合です。つまり原因不明ですから対症療法すするしかありません。
それでも①に移行できれば良いのですが、なかなかそうも行かず、最後には心療内科に行ってくださいと言われ途方に暮れる患者さんが多いわけです。
さらにはその心療内科でも原因は判りませんので、薬が何種類にも増えていく…これがよくあるケースです。
しかしこの「検査値 良」とは標準医療(≒健康保健)で言う「基準値」の範囲内で、一般的に異常なしと言われている状態のことです。
これを栄養療法的な読み方をすると、異常アリの事が普通にあります。なぜなら栄養療法は基礎医学である生化学や生理学の原理原則に則った数値で評価する(分子栄養学とかオーソモレキュラと言います)からです。
つまり②には二段階あって、標準医療でいう検査値:良と、栄養療法でいう検査値:良にはけっこうな差があり、栄養療法の方が判断が厳しくなります。
その説明はまた項を改めますが、標準医療で異常なしでも栄養療法の読み方で異常ありと診断された場合は、食事やサプリメントで栄養状態を改善させることで②⇨①に、すなわち自覚症状が改善されることがたくさんあるのです。
内科や心療内科の先生がこぞって栄養療法を学んでいるのは、標準医療では対応できなかった病態に非常に有効という事に気づいたからです。下の図がその代表となります。
自覚症状がない人が歯の治療に来る
歯科はどうでしょう?
疲労などの自覚症状がある人、すなわち②と③の人も、歯の治療には訪れます。
もちろん頭痛持ちの人が頭痛治療のために歯科を訪れる事はありませんが、だいたい栄養状態は悪いので、治療に障害がでる場合はそのアドバイスをする事があります。これは誰にでもできる事だと思います。もちろん保険点数はつかず、ボランティアにはなりますが。
問題なのは図の④、検査値が悪いのに自覚症状がない人で、この場合の検査値とは標準医療も栄養療法もどちらもです。検査値が悪いまま、インプラント手術や歯周病の管理をするのは大きな問題があります。しかし実際はそのまま進めるケースの方が多いと思います。
④の人は自覚症状がないので、そもそも内科に行きません。標準医療的に検査値が悪ければ即内科へ行ってくださいと言えるのですが、問題は標準医療的に異常はなくても、栄養療法的に検査値が悪い人にどうお話するかです。
私は手術の前後1ヶ月(周術期といいます)や、メンテナンス・歯ぎしり対策によく栄養療法を使うのですが、この「自覚症状がない」状態で問題を認識してもらうことには、やはりけっこう苦労しています。私は自由診療専門でやっていますのでまだお話しやすいのですが、保険医療機関では点数がつかない事もありかなり難しいと言わざるをえません。
医科で④の患者さんを扱うことはありますが、歯科のように高頻度ではないでしょう。私はよく医科の先生から「歯科も栄養療法をもっととりいれるべきだよ」と言われるのですが、以上のような理由があって栄養療法の導入に足踏みしている先生が圧倒的に多いのだと考えています。
歯を治したらそれで終わりではない
よく歯科の目標はまず「痛みをとること」、そして「よく噛めること」と「キレイにすること」、そしてそれらが「長く続くこと」と言われます。それに異論はまったくないのですが、超高齢社会と低所得の時代では、もう一つ先まで考えなくてはならないと思います。
それは「治したその歯で何を食べ、どのような人生を歩んで欲しいのか」まで考え、それに繋がるサービスを提供する事です。
歯科ではもちろん食べるために歯を治しています。しかしそれで患者さんは何を食べているのでしょう?あまり食べてほしくないものばかり、積極的に食べている人がほとんどなのではないでしょうか?
その結果増えたのが新型栄養失調であり、それが栄養療法が効く人が増えている本体です。歯科は病気になるような食べ物を食べてほしくて歯を治しているわけではないはずです。
このような発想を持ってすれば、歯科で栄養療法を活用することはそう難しくないと思っています。保険医療機関では混合診療にならないよう注意する必要がありますが、診療日を異にするとかオンラインで行うなど工夫すれば可能な事です。
それから院内外で栄養療法の発信を続けることやスタッフ教育を徹底することで、患者さんに何をやっているかを伝わりやすくする必要があると思います。
歯科での栄養療法の普及はだいぶ出遅れ感がありますが、以上のような発想を持ってすれば、そう難しいことではないと考えています。
実は近日中にこのような問題を解決するための歯科関係者の集まりを作ることになっています。これについてはまたご報告いたしますね。